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あんまり他社の働き方って見ないよね

自社の働き方は当然自分自身が所属している会社だから詳しい。これは当たり前。でも他社がどういった取り組みをしているのかってなかなか意識しないと情報入ってこないんだなあと思った。リモートワークのベストプラクティスみたいなのは、そろそろどんな会社でもまとまってきているんじゃないだろうか。 そして1990年~2000年代に試みがあったリモートワークと、2020年代のリモートワークでは課題感が違ってきているんじゃないかなあみたいなのも思ってきた。

リモートワークの難しさ

リモートワークは、90年代とかはどうやって監視するか?みたいなのがなかなかうまくいかなくて頓挫したって話を聞いた。最近でもどっかの大学生がオンライン講義になったからって複数の講義を同時に聴講してたみたいな話があるし、この辺を管理したかったけど出来なかった、ていうのが90年代。 じゃ、20年代はどうなの?ってなると、評価をそもそも実績主義にしようみたいなところに各社走っているんじゃないかなあと。リモートだろうとオフィス(オンサイト)だろうと、評価はそもそも絶対評価で出来る人は評価されるべき。みたいな考え方がリモートワークにはぴったりだったんだと思う。 絶対評価は評価にかかるウェイトが大きくなって被評価者も評価者も評価に大きなコストを払わないといけないっていうデメリットがあるけど、透明性とか他の面でもいいところあるし、絶対評価がやっぱり居心地がいい。

D&Iへの取り組み

ちょっと話は変わって、D&Iへの取り組みをメルカリさんは頑張っているんだなあと今回のセッション聞いても思った。英語コミュニケーションの話が終盤に出てきたんだけど、日本語だけでコミュニケーションしているとどうしてもジェンダーバイアスとか気付かないことがある。 というのも、外来語がなんとなく固有名詞的に糖衣されている様な気がする・・・という。伝わってるかは微妙だけど、「ビジネスマン」とか、「マン」が男性的だ~みたいなのって英語使ってないと意識しないような気がしていて。「マスター」「スレーブ」も、何かカタカナにすると許されるような気もする(実際に許されるとかそういう話をしているんじゃなくて日本語話者は語彙の意図が欠如して理解するという感覚の話。)。

コミュニケーションを英語だけにしちゃうとそれはそれでD&I的にはどうなの?とも思うけど、日本語の割合画減ることで、見えてくるものもあるのかも知れない。

「新卒の子」を辞めようという話。

上司からpushされている話で、「子」を辞めようみたいな話がある。これもバイアスとかに関係してくる話だなと思っていて。新卒のことを「新卒の子」って言ったりだとか、「新卒生」とか「hoge生」みたいな言い方をするとなんとなく、子ども、生徒、っていうバイアスがそこにかかっていそうで、一人前と言うよりは半人前、研修中のようなニュアンスを感じる。例え新入社員研修中であったとしても、一人前の社会人であるべきだし、何よりも他の人(先輩社員)が、一人の社会人として尊敬をもって接するということが、お互いの成長につながるよな、って思ったり。

なんだかディスクレイマーぽいけど。

上に書いたダイバージェンスの話とか、リモートワーク・オフィス出社とか主義主張あるところだと思う。書いた本人が言うのもなんだけど、ここに書いてることは今この瞬間に考えていることをdumpしているだけであって明日には全く別のことを考えてるかも知れない。だからここに書いてあることが正しいって主張したいんじゃなくて、正直個人的にはどれが正義みたいな考えを推進するより、全部試してみたらいいんじゃないのって思ってる。試した結果ダメでもそのとき環境が許さなかっただけかも知れないし、二度と日の目を浴びないっていうのも違う気がする。こんな話をすると優柔不断だね、って言われることもあるけど、優柔不断なんじゃなくて臨機応変なんだって自分では考えてモチベもってこの辺の話題に接してる。